カテゴリ:演劇・舞踊( 13 )
Macbeth pour les enfants
週末に関内で演劇を観てきました。

子供のためのシェイクスピア 『マクベス』
脚本・演出: 山崎清介
出演: 石田圭祐 伊沢磨紀 彩乃木崇之 戸谷昌弘 キム・テイ 若松力 窪田壮史 / 山崎清介

舞台装置は机と椅子のみで、シンプル。
場面転換と俳優の出入りはリズミカルな手拍子で表現、腹話術っぽく人形を使ったり、
間で世界陸上をネタにしたコントをはさんだりして
とても楽しいお芝居になっていました。
シェイクスピアの台詞まわしの面白さをよく再現できていたと思います。
久しぶりに舞台の生き生きとした息づかいを味わいました。

子どもも楽しかったようです。
ただ、マクベスに予言する魔女がどの人か分からなくて、よりによって
長い髪をふりみだしてマクベスをそそのかす奥方を魔女と勘違いしたようでしたが・笑

終演後、山下公園まで散歩して帰りました。
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by veronique7 | 2009-08-25 12:56 | 演劇・舞踊
国立劇場 文楽公演
日曜日に行って参りました。

吉田玉男一周忌追善
菅原伝授手習鑑
国立劇場 小劇場 9月公演 第二部

文楽は初めてだったので、ちょっと見どころがつかめなかったけど…。
人形遣いの不思議な存在感、在るような、無いような、存在感が
とても面白かったです。
浄瑠璃もよろしゅうございました。

今度は解説つきの鑑賞教室に行ってみようかしらん。

今、日経新聞の「私の履歴書」がこの公演にお出になっている
吉田蓑助さんなのですよね。
ときどき電車の中でヒトサマの新聞を横目で読んでいます。
やっぱり圧倒的に見事な人形遣いでいらした…。
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by veronique7 | 2007-09-12 23:02 | 演劇・舞踊
能舞台でサルトル 『出口なし』
今帰ってきたところ。今日はとっても面白いものをみました。

サルトルのお芝居を能舞台で上演するというものです。
会場は 銕仙会能舞台 にて。

昨夜、NHKの番組で上演を知り、あわてて電話に走る私。
「そーゆーことは行動が早いのね」 と母にあきれられました 笑
だってだってー。
コメディー・フランセーズの役者やパリ・オペラ座のエトワルに
こんなところで出会えるなんて、
パリで観ていたお芝居が、こんなことの前触れになるなんて
思いも寄らなかったんだもの。。。

いそいそ。わくわく。

私はサルトルの熱心な読者ではないので、この筋書きもちゃんと
分かっているのかどうか…、という感じですが
こんなに能楽堂が言葉、言葉、言葉でうめつくされたことはないでしょう。
能楽堂がいつもと違う空気に包まれているのが感じられ、とても興味深かったです。

登場人物のひとり、エステルが自分の過去を回想するシーン。
両腕を虚空におよがせて物語る。
はっとわれに返って目の前の人物の問いに答えるその瞬間、
彼女のまわりの空気がぐらりと動く。

お知らせのHPは >> こちら。
公演は明日までで、当日券の販売も若干あるそうです。

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↓コメントもいただいてありがとうございます。明日以降お答えしますね。
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by veronique7 | 2006-09-06 23:10 | 演劇・舞踊
七月大歌舞伎
歌舞伎座の七月公演に行ってきました。
ひさびさの歌舞伎です。

夜叉ヶ池 / 海神別荘
坂東玉三郎 市川海老蔵 ほか

私が観たのは昼の部ですが、今月は昼も夜も泉鏡花の原作で
玉三郎演出の舞台はとても幻想的でした。
バレエの群舞の動きをとり入れたような黒子など、
古典歌舞伎にはない現代的な要素が多かったです。

玉三郎はダイビングがお好きだそうですが、『海神別荘』 の
美女が海の底へ降りていく場面のふわーっとした動きなんかに
とても生かされているように思いました。
なんかこちらまで、ふわーと心地よくなる舞台でした。

また今年のうちに、今度は本格的な古典の歌舞伎を観たいなぁ。
「一緒に着物でいきましょう」 とチケットを取ってくれた友達が言ってて。
いつか着られるようになったらいいな。
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by veronique7 | 2006-07-09 17:18 | 演劇・舞踊
ON DANfE
シャイヨー劇場でダンスを観てきました。
José Montalvo と Dominique Hervieu のダンス・カンパニーで
J.P. ラモーの音楽にコンテンポラリー・ダンスを振付したもの。
2004年にウィリアム・クリスティの指揮でオペラ 『パラダン』 の公演に参加した彼らは
作曲家ラモーの自由ではちゃめちゃなオモシロさに目覚めてしまったらしい。
さっそく翌年に自分たちで公演をつくり、今年はその再演でした。

2004年のオペラについてはよかったらブログでどうぞ。 >> こちら。
今年の公演についてはダンス・カンパニーの公式HPをどうぞ。 >> こちら。
シャイヨー劇場のページには写真とヴィデオもあります。>> こちら。
ON DANfE >> photo / audio / video と進みます。

クラシックなバレエからヒップホップ、アフリカ的なダンス、さまざまなスタイルのダンスを
ミックスして、すごくすごくすご~~~く面白かった。
背景はCG合成画像で、巨大な動物が次から次にあらわれたり、庭園の中を
カツラをかぶった貴族が走っていったり、背景のなかのダンスと舞台上のダンスが混ざったり
とにかく発想がとても自由で楽しく、笑いを誘います。

面白かったのは、それぞれのダンサーの一人芝居の時間があることで
ダンスとは何か? ということを各自が話しながらダンスをして表現します。
舞台の端には手話解説の人が立って、それも美しい身体表現。

「僕が踊るとき…僕は全身全霊の声を聴く…そして僕は叫ぶんだ!」
というわりと真面目(?)なものから
「僕はゼッタイに踊りません。フィフィ (犬か猫の名前だと思う) が足もとに
擦り寄ってくるとき以外は。こらっあっちへ行ってなさい!シッ!シッ!台所へ行きなさい!」
とペットを振り払っているのがダンスになっている人。
「わたしは恥ずかしがりだから、踊るときはまず目をつぶって、今の自分から抜け出さないと
いけないの。ヨイショッ!ヨイショッ!まだ出られないわ!ほんとは皆さんにも
目をつぶっていただきたいんだけど…あらそうしたら見てもらえないわね、
困ったわね、ソレッ!」 と飛び上がるのがダンスになってしまうピエロの女の子。
「こんなにおかしいのになんだか泣けてきちゃうね」 とわたしは隣の友達と話す。

他にも、フリルがいっぱいついたエレガントなシャツのお兄さんが
透明のプラスチック絨毯みたいなのをもってきてその上で踊り始める…
って透明のシートは梱包用のプチプチで、その音がタップの音になって聞こえてきたりとか。
もうとにかくかわいらしくて面白くて、元気が出て楽しい公演でした。
会場を出たら上機嫌になって踊っている人が多かったです。

ちなみに公演タイトルが « On danse » (=踊る)ではなく « On danfe »
となっているのはちょっとした冗談で、18世紀フランスの活字は今と違って
s が f と印刷されているように見えるから。
電話で予約するときにすごく迷って逡巡の末、「…オンダンフください」と言ったら
笑われてしまいました。「オンダンスでいいんですよ」って…

この劇場は付属の小さなレストランもあって、公演のある日だけ開いていますが
エッフェル塔が目の前でチカチカと輝き、本当にロケーションが素晴らしいので
おすすめです (チケットなしでもレストランには入れます)。

ラモーでダンスと言えばやっぱりこの↓オペラを思い出す。
カーテンコールの後、なんと指揮者のクリスティが歌手と一緒になって舞台で踊ってくれた。
その後、ダンス・カンパニーとの共同公演が増えたのは、ひょっとしたら
このとき踊ったのが楽しかったのかも??

Rameau: Les Indes Galantes
Jerome Correas Bernard Deletre Nicolas Rivenq Jean-Philippe Rameau William Christie Les Arts Floriss / Harmonia Mundi
ISBN : B000027O75
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by veronique7 | 2006-02-06 01:00 | 演劇・舞踊
ヴィリエ・ド・リラダン 『反逆』
アテネ・ルイ・ジューヴェ劇場 でヴィリエ・ド・リラダンの戯曲 "La Révolte" 『反逆』 を観てきた。
演出はJean-Marie Villégier & Jonathan Duvergerで、
ウィリアム・クリスティ指揮のオペラで何度か観ている演出家。

お芝居の筋書きは先日のパトリス・シェローの映画 『ガブリエル』 と似たもの。
愛のない生活に耐えきれなくなった妻が夫に三行半をつきつけて出奔しようとするという話で
どちらも妻が家出をやめて戻ってきてからの葛藤が物語の中心になっている。
『ガブリエル』 の方は妻の豹変を受け入れることのできない夫の脆弱さや繊細さを
描くのに対し、『反逆』 の夫はもっと凡庸な男で、金だけがものを言う平々凡々たる
保守主義から脱出しようとする妻の心理をまったく理解できない。
「君を許してあげよう」 といって妻の指に結婚指輪をはめなおす場面はおぞましく、
観客はみな予想外の展開に絶句していた。

「君を許してあげよう」 というせりふは偶然にも 『ガブリエル』 にも出てくるが
ここで妻は 「何いってんの」 といった表情で狂ったように笑い出し、夫の優越感は
一挙に突き崩され、妻の前でおそらく初めてうろたえた表情をする。
夫が誇っていた 「立派な人間、男らしい僕、何かも揃って整った生活」 は消えて
彼は自らスキャンダルを白日のもとにさらし、狂気を爆発させてしまう。

似た筋書きのようだが、夫婦に子どもがあるかないかとか、細かいところで
違いがあって一つずつ考えていくと面白かった。
先週月曜日にある映画館で、『ガブリエル』 の上映後に 『反逆』 の演出家を呼んで
座談会を開くという企画があったので、お芝居を観る前に行った。
そこで J-M. Villégier が、この2つの物語の女たちや 『人形の家』 のノラの原型は
『ボヴァリー夫人』 だと思うと言っていた。
なるほどイザベル・ユペールはボヴァリー夫人を演じたことがあるしね…。

自由を求める女たちの狂気はさらに、エウリピデスの 『バッコスの女たち』 まで遡れると
わたしは思っている。
ペンテウスが女たちの狂気にのみこまれてしまうように、ガブリエルの夫も
ちょっとしたきっかけで妻や女中の静かな沈黙の狂気に支配されてしまう。
そういえば 『ガブリエル』 の屋敷に男の召使が一人もいないのは
監督パトリス・シェローの意図したところなのかも。

去年の秋から、女性のメランコリーや狂気について考えさせられる催し物が多かったけど
これでおしまい。
みんなイライラしたりするのね、と思うと仲間が増えたみたいでちょっと気が軽くなります(?)。

舞台でシューベルトの歌曲がとても効果的に使われていました。
これはとても深く豊かな音色のチェロ。

Schubert: Arpeggione
Anne Gastinel Franz Schubert Claire Désert / Naive
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by veronique7 | 2006-02-06 00:43 | 演劇・舞踊
Les Bacchantes バッコスの信女たち
去年4月にシャトレ劇場でヘンツェのオペラ "The Bassarides" を観て以来
がぜん興味がわいたギリシャ悲劇。
原作のエウリピデスによる "Les Bacchantes" (バッコスの信女たち) が
コメディ・フランセーズで上演されているので観に行きました。

放縦でなよなよ、へらへらしたディオニソスの神性を、
真面目でまっすぐなペンテウスは認めようとしない。
ディオニソス信仰に狂った女たちはペンテウスを獣だと思って殺めてしまう。

この狂女たちのヒステリーの表現も身体表現として
とても面白かったのだけど、それ以上に
ディオニソスとペンテウスの対立は、いろいろなことを考えさせます。

上演が終わってから、階段を下りているところで
中学生になるかならないかの女の子が
「わたしはこういうの、好きじゃない。はっきりいって嫌い」
と頬をふくらませながらお父さんに向かって話していました。

「あのね、あのね、でもでも…」 とうろたえる優しそうなお父さん。(がんばれ~)

あなたの嫌いだという感情、拒否する気持ち、
それがどこから生まれてきたものなのか、時間をかけてよく見つめてごらん。
それが分かったら、あなたも変わるのよ。
わたしも中学生ぐらいのころはあなたのような女の子だったの。

…とわたしは女の子のおさない顔立ちを見ながら思った。

ペンテウスがディオニソスの暴力性を認めようとしないのは、
生硬で頑なで、激しやすい自分を見せつけられてしまうから
なんだろうな。
それは自分の欠点のはずなのに、ディオニソスはその欠点でもって
女たちを魅了してやまない。
嫉妬とも拒絶ともつかないペンテウスの怒り。
だからこそ、ディオニソスに群がるバッコスの信女たちは
ペンテウスのなかに獣性を見出してしまうのだろうと思った。

拒否しているものの根源はどこにあるのか。

しばらくして、自分の言葉がそのまま自分に返ってきてぎょっとする。

ギリシャ悲劇は象徴的で、とても深く面白いです。
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by veronique7 | 2006-01-09 02:19 | 演劇・舞踊
ラ・フォンテーヌ 『寓話』
ロバート・ウィルソン演出のラ・フォンテーヌ 『寓話』 を観に
ひさびさにコメディ・フランセーズに行ってきました。
夏前に展覧会で R・ウィルソンの下絵をすでに見ていた演出です。
こちら>>

もう2年くらい前からコメディ・フランセーズにかかっていたのですが
いつもオペラ最優先で行動してしまうのでなかなか演劇を見にいけず
やっと年末になって見ることができました。

思うにロバート・ウィルソンってどちらかというと抒情的で悲劇的なものの
表現にすぐれているので、寓話の笑いとか可笑しみをどう表現するのかな~
と思っていたけど、動物の寓話にこめられた強烈な皮肉を
うまく表現していたと思います。

コメディ・フランセーズのベテラン俳優が動物の被り物をして
「コケコッコ」 とか 「メェェェェ」 とか鳴き声しか台詞がない
っていうのも笑えました。
でも身振りがすごく雄弁でその辺はさすが。

タキシードを着たライオンが蚊にさされて身をかきむしる場面は
袖口やズボンの裾から赤いリボンが手品のように次々と引き出され
辺りに赤いリボンが散乱する。かきむしった血がほとばしる。

狼が仔羊に襲いかかる場面はあえて衝立で隠して、見せない。
狼と仔羊の叫び声だけが舞台に残る。
かわりに語り手役のラ・フォンテーヌが衝立の向こうをのぞいて
ゾッとおぞましい表情をする。

象徴的な道具立てによって、また暗示によって感情を喚起する、
というのがロバート・ウィルソンはとても上手だと思う。

ラ・フォンテーヌ役を演じた老女優がテレビのインタビューで
「彼は (アメリカ人であるR・ウィルソンのこと) フランスの伝統とは違うところに
いますからね。いろいろ違いますよ」 と皮肉とも称賛ともつかない
笑みを口の端に浮かべていたのを思い出す。
これまでとは一風ちがう 『寓話』 になったんじゃないかなぁ。

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帰りのバスのなかの人が、みんな動物に見えたので参りました・笑
ムッシュー・獅子。マダム・プードル。マダム・鶏。ムッシュー・鷹。
子どもは兎サンかネズミ君。
わたしもきっとお猿サンかなんかなんだろうけどサ。
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by veronique7 | 2005-12-22 05:56 | 演劇・舞踊
モリエール 『町人貴族』
先日モーツァルトの 『コシ』 を観たときに、モリエールの 『町人貴族』 を連想しましたが
いっぽう、その 『町人貴族』 の方にもモーツァルトの思い出があるので
そのことを書いておこうと思います。

これは成り上がり貴族の町人をからかって
「本当の貴族になるにはこういうお作法がございます」 と話し方や詩の書き方など嘘のお作法を次々に教えて笑い者にするという喜劇です。
いやはや辛辣でございます。
現在ではモリエールの戯曲のみを扱って上演することが多いですが
もともとはリュリの音楽がついていたコメディー・バレエで
来年はシャンゼリゼ劇場でその音楽を使っての上演があります。
ダンサーや俳優、歌手も揃うので貴重な機会かも。
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この戯曲の中で、今の流行はこれです、とアラビア風の扮装で儀式をする場面がある。
数年前コメディー・フランセーズの公演を観たとき、この場面で使われていたのは
モーツァルトのトルコ行進曲だった。

チャカチャカチャッ、チャカチャカチャッ、チャカチャカチャカチャカチャカチャカチャッッ♪

超高速テンポでまわる名曲にあわせて町人貴族ジュルダン氏のことを
「ママム~ゥシィ~」 (かの国の言葉で « 騎士 » のこと? らしい)
と呼びながらものものしい儀式をやる人たちに観客は爆笑の渦。

モーツァルトのうまい使い方だと思った。
ほんものの貴族になりたいがために言われるがままに
ええ加減な流行にのせられてしまう滑稽味を表現するのに
西洋人が模倣したアラビア 「風」 な音楽はもってこい。

そしてさらに別の 「お作法」 にしたがって華麗な衣裳を着せる場面では
豪華な刺繍の衣裳が国旗のように上から下りてきた。
そこで流れている音楽のリフレインはよくよく耳をすますと
某合衆国国歌が透かし彫りのように織りこまれていた。

つまりフランスにとってはどっちの作法も本物ではなく、彼らはあまり競う価値のないことを
同レベルで争っているだけということらしい。
この構図はその後もいたるところで目にして、おそらくフランス人にとっては
ごく当たり前のものの見方なのだろうと思う。
やっきになって喧嘩しているひとたちからいつも一定の距離をとり
あるときは冷ややかに、あるときはほほえましく笑っている。
N.Y. で飛行機が撃墜した直後、世界中が大騒ぎしている一方で
こういう公演をごく当たり前にしれっとやっているとは、何てしたたかなのだろうと思った。
(もちろんテレビや新聞では真面目に議論をやっていたのですが)
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by veronique7 | 2005-11-14 01:20 | 演劇・舞踊
バレエ 『ピグマリオン』 文楽風
シャトレ座 は毎年、地方フェスティバルというプログラムを組んでいて
地方のオペラ劇場やバレエ団の引越し公演をしています。
地方ならではの基盤を生かしたチームワークで
いい公演を持ってきてくれます。
今までにリヨンが来たり、トゥールーズが来たりしましたが
今年はロレーヌ地方。

ラモー作曲 バレエ 『ピグマリオン』
指揮 エルヴェ・ニケ Hervé Niquet
演奏 コンセール・スピリチュエル Concert Spirituel
制作 ロレーヌ・バレエ団、ナンシー & ロレーヌ・オペラ座

ラモー:ピグマリオン(全曲)
フシェクール(ジャン=ポール) レイジュール(グレタ・デ)
ル・コンセール・スピリチュエル ラモー ニケ(エルヴェ) / 東芝EMI


コンセール・スピリチュエルは、バロック専門の音楽団体で
ロレーヌ地方議会と上院、文化省から予算を受けているところ。
(たいていのオケはこのようにそれぞれの本拠地・経済基盤がある)
初めて演奏を聴きましたが、奇をてらわずまっとうで
なかなか良い演奏だと思いました。
この録音は2001年のもので少し前ですが。

舞台の様子は ここ で見られます。(PDF)

   自分の彫った女性像に恋してしまった彫刻家ピグマリオンに
   心を動かされた "Amour" 愛の女神は、命のない像に生命を吹き込んだ。

今回の演出で面白かったのは、ある場面のタイトルが "Bunraku"
となっていたこと。
文楽 です。

青い上っ張りを着たピグマリオン(歌手)が、ああでもない、こうでもない、と
彫刻(歌手)の腕を動かしたり、体の向きを変えたりする。
ピグマリオンが向こうを向いている間に、黒子の3人(ダンサー)が
ヒョイヒョイ、と彫刻を作りかえる。

ピグマリオンがはっとふりむく。
   ―― 彼女は生きているの?

かくしてピグマリオンと彫像は声にならない声で
お話を始める。
その身振り (パントマイム) を動かすのは、黒子。
文楽のまねっこなのです。

西洋の舞台では、人形劇というのは風刺のきいた滑稽なものなので
文楽の人形遣いのせつなさやかなしみは、とても斬新に見える。
そのしっとりとした抒情性が、彫刻に命を与えたい、という
ピグマリオンの願いにぴったりと寄り添って二重に表現されているように思えた。

声なきものに声を与えたい。
命なきものに息吹を吹き込みたい。

ひたすらなまでに純粋なこのピグマリオン神話の思いは、
ダンスやパントマイム、オペラといった身体表現のジャンルが
どうして生まれたのか? という根源的な問いかけにも
通じるように思いました。

西洋人にとって文楽は、面白い触媒の作用をはたしているようです。
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by veronique7 | 2005-06-19 05:12 | 演劇・舞踊