人気ブログランキング | 話題のタグを見る
ヘンデル 『ヘラクレス』
再録です。(2004年12月9日)

ヘンデル 『ヘラクレス』 オペラ座 にて
指揮:ウィリアム・クリスティー William Christie
演奏:レザール・フロリサン Les arts florissants

ヘンデルのオペラはイタリア語のものもずいぶんあるのですが
これは英語で書かれています。
聞くところによると、当時の流行がイタリア・オペラの形式から
オラトリオ形式へと変わりつつあったようで、
それでもオペラを書きたかったヘンデルは、時代の要請に応えて
英語の歌詞でオラトリオっぽい作品をいくつか作ったとか。

オラトリオ形式というのは 『メサイア』 に代表されるような
演出や衣裳なしのコンサート形式に近いものですね。
以前ヘンデルの CD を買ったら 『メサイア』 のアリアと同じ曲が
恋愛のアリアになっていたことがあって驚いたのだけど
そういうわけだったのか…。

今回の 『ヘラクレス』 もそういうオラトリオ形式の悲劇で
ダンスの部分やスペクタクル的な見せ場がない分
歌手とオーケストラの音楽そのものの美しさが
ふんだんに発揮された舞台でした。

ヘラクレスは神話のなかで一番ポピュラーな人物ではないかと
思います。勇気と力の象徴、最も英雄らしい英雄です。
このオペラもそういう若々しい主人公が登場するのか
と思いきや、予想を見事に裏切られました。

ヘンデルのオペラに出てくるのは、
妻の誤解から生じた嫉妬に呪われ、苦しみ、死を迎える
ヘラクレスなのです。
だから配役も青年のテノールではなく、成熟したバリトン。

舞台装置は簡素なもので、ヘラクレスが着ている衣裳も
ごく普通のもの。
戦場から帰ってくる場面では
カーキ色のトレンチコートにカーゴパンツ、(いやこれが実にカッコイイのだ)
妻に嫉妬される場面では、ほれぼれする素敵な英国紳士風スーツに
身を包んで、神話の中の英雄というよりは
一人の人間としての苦悩が静かに表現されていました。

英雄の中の英雄、その物語をどのように表現するかという問題は
大げさに言えば、西洋文明そのものの核となる概念を
ふたたび考え直すということになります。
なぜかというと、神話や叙事詩の中心である 「英雄」 と
物語の 「主人公」 は同じ単語 héros だからです。

しかもこのオペラは英雄の死を物語るお話なわけで
そのことは間接的に、西洋文明の繁栄に対する疑問符を
内側に含んでいることになると言えるでしょう。

ヘラクレスが死を迎えたとき、彼は砂にまみれ
そばには古くさびついたドラム缶がごろん、ところがっていた。

ドラム缶って石油が入っているものですよね?
道具だてがほとんど皆無のこの演出において
砂漠にぽつんと残されたドラム缶は、何を意味するのか?
演出家 Luc Bondy リュック・ボンディはそれによって
何を暗示しようとしたのか?

とてもいい舞台でした。
クリスティ指揮のオペラは、期待を裏切られることがありません。
by veronique7 | 2004-12-09 04:32 | オペラ


<< 嬉しいプレゼント ハリー、見知らぬ友人 >>