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ロッシーニ 『チェネレントラ』
もう1週間ほど前になりますが、シャンゼリゼ劇場
ロッシーニのオペラ 『チェネレントラ』 を観ました。
チェネレントラとはイタリア語で、シンデレラのこと。

このチェネレントラ役のメゾ・ソプラノ Elina Garanca
エリーナ・ガランカ がなんといっても素晴らしい。
深い奥行きのある声で、なおかつ声域も広くてよく歌いこなす。
なのにメゾにありがちな勝ち誇った野太い感じがなくて
とても上品。ヒロイン役にぴったりです。
ウィーンを拠点に活躍している歌手だそうです。

さすがイリーナ・ブルック演出だけあって
(かの有名な演出家 ピーター・ブルックの娘)
細部まで目が行き届いたとても楽しいオペラでした。

まず、ロッシーニのオペラ自体がシンデレラ物語そのものではなく
お伽話のパロディーのかたちをとっています。
皆さんが知っているシンデレラ物語は、継母がいて
意地悪なお姉さんたちがいて、シンデレラをひそかに助ける
養母がわりの妖精がいて、そこへ王子様が登場するわけですが、
ロッシーニのオペラでは、継母のかわりに継父が
そして養母の妖精のかわりに、養父の妖精(?)が登場します。
それに王子様の引き立て役もいて、引き立て役の方が
王子様役より役どころが大きい。
これは多分、ロッシーニの作曲当時、彼のお気に入りの歌手陣では
女声歌手が足りなかったために、偶然こういう結果になったのだと思います。

イリーナ・ブルック演出の舞台設定は現代のイタリアのカフェ、
お父さんはそのカフェのマスターで、サッカーの熱狂的ファン。
ガウンの下に何を着ているのかと思いきや、チームウェアが…。
仕事もろくにしないところをチェネレントラだけが働いている。
札束をばらまく勘違いマフィア (これが王子様の引き立て役) がやってくると
お父さんは急にナヨナヨして母親らしくなり、
娘たちを嫁に行かせようと策略をめぐらす。

チェネレントラがカフェのみんなに袋叩きに会う場面では
養父の魔法使いが、お巡りさんの扮装をして突如登場し、彼女を救う。
マフィアと王子様は自ら進んでお巡りさんに両手を差し出し
「逮捕して。」 まるで勇気がありません。
一人になったチェネレントラが、ぼんやり不遇を嘆いていると
同じ魔法使いが手品師の格好をして魔法をかける。
すると舞台の脇から、かわいい花柄模様みたいなスーツの
小柄な男性が7人登場、チェネレントラを抱えていってしまう。
(↑これはきっと 『白雪姫』 に出てくる 「7人の小びと」 の暗示で
いろいろなお伽話への目くばせが随所に見られました)

つまりここには、いわゆるシンデレラ・ストーリーで求められる
素敵な王子様みたいな男性は一人として登場しないのですね。
でも実のところはそれが現実なのかな? と思うのですね。

究極の理想像として提示されきた唯一無二の王子様のイメージが
複数の男性登場人物によって相対化される、ということ。
第二に、継母と養母の役を継父と養父が演じるということで
伝統的な 「強く正しい男らしさ」 のイメージがさらに崩されること。
この点をイリーナ・ブルックはよく理解して演出に生かしていた
と思います。

こうして17世紀のおとぎ話であったシンデレラ物語は
200年後の19世紀にロッシーニのオペラで喜劇として書き換えられ、
そしてまた200年の年月が経った今、様々に解釈される余地が出てきた
といえるでしょう。
ほんと、ロッシーニは現代的で面白いのだ。

ほかにも、舞踏会の場面では王子様たちは DJ になって
LP を並べて Remix してかっこつけたり、
意地悪お姉さんたちが舞台裏でお化粧直しをしている場面が
舞台の奥にアップで映写されたり。
最後になって全員がカフェに戻ってきて、ふと置いてある雑誌を
誰かがひっくりかえすと、表紙が王子様の写真。
やっぱ、セレブだったんじゃん! と大騒ぎ。
というわけで、細かいところまで笑いどころ満載の演出でした。

シンデレラ・ストーリーって、女の子たちの憧れの的になる一方で
揶揄されたり批判されたりすることが多いけれど
こういう解釈・演出の仕方によって生き返らせることも
できるのね、と思いました。

この公演は2年ほど前にあった演出の再演で、
初演当時は、オペラ座の方で別の演出の 『チェネレントラ』 を
やっていました。
願わくばそれと比較して観たかったのだけれど、それはかなわず。

パリでは結構そういうことが多くて、オペラでも演劇でも
同じ演目が同じ年度に複数の劇場に上がることがある。
おそらくわざとそうしているのだと思うけれど、
そうやって複数の見方を提示して今日の演出の流れを
作っていこうとする気風は、観る側としてとてもワクワクします。
by veronique7 | 2004-11-28 04:08 | オペラ


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